2011年11月10日木曜日

どうでしょう

記者の心得は、人にとっての心得

時事通信社経済部 記者 豊田百合枝氏 2011.05.23


雑誌出版社への取材をするにあたり、時事通信社経済部の記者、豊田百合枝氏から取材のコツや注意点をうかがった。そもそも通信社とは何かという話から、記者の仕事内容、心構えなど、実体験を交えた記者としての“生き方”のおはなし。記者の生きるスタンスは、あらゆるものごとを考える上でのベースになる、とても大切な考え方であった。




報道のハブ役をする通信社―


取材したニュースを記事にし、新聞社やテレビ局、金融機関や官公庁などに配信する会社、それが通信社だ。現在、日本では共同通信と時事通信の2社が通信社と呼ばれているが、戦前は電通を加えた3社であった。もともと、電通と時事通信は同盟通信社であったが、終戦後にそれをよしとしないマッカーサーに解体される前に、自ら分離した。

また、海外にあるAP通信やロイター通信などとも提携している。世界各地で数秒単位で起こっているニュースを日本に知らせ、逆に日本でのニュースを世界に向けて配信するのも、通信社の仕事のひとつである。



記者の日常―


事件が起きたときに記者がまずすること、それは〈連想ゲーム〉だ。「その事件が記者としての自分の担当分野に及ぼす影響を想像し、取材先のあたりをつける。つまり、自分との関係性を考えます」と豊田氏はいう。あるひとつの出来事が、これからの自分たちの生活にどんな影響を与え、どのように変わってゆくのか。未来を読み、その過程を予測する。

そしていよいよ取材活動である。現場に向かう、会見に行く、ぶら下がり(大物にくっついていくこと)、個人のインタビュー、潜行取材など、取材方法は状況によってさまざま。その後、資料探しや追加の問い合わせ、有識者から意見をもらうなどの追加取材をおこなった上で、集めたすべての情報をもとに記事を書く。

書き上がった記事はデスクと呼ばれる管理職が目をとおし、ここで記事文章がほぼ完成する。最後に整理部という部門で誤字などのチェックを通過したのち、やっと配信がされる。それが全国の地方紙やインターネット、金融機関や官公庁といった特約先に伝わり、私たちの手元に届くのである。

ちなみに、記者には基本的には“オフ”の感覚はない。災害、事故、殺人、テロなど、世界ではいつどんな事件が起こるかわからない。そのため「世の中の出来事の周期を季節や時期などから見極め、記者自身が休日を決める」のである。



相手の立場にたつことの難しさ―


記者という仕事をする中で得た教訓を、豊田氏自身の失敗談からうかがった。「ひとつは、宮城県であった、旧石器時代の発掘を何年も捏造していた事件です。結果的には、歴史の教科書を書き換えるような大事件となってしまいました。これはなぜ防げなかったかというと、記事を書いた記者と、考古学協会とのそれぞれに問題があったからです」。旧石器捏造事件とは、ある考古学者が発掘していた日本の歴史的な遺物・遺跡が、すべて捏造であったという事件である。

まず記者側の問題としては、とにかく新しい発見であったためにその真偽を確かめる手段がなかったこと。また、他社の記者がこぞって記事にしている内容を、自分だけ書かないわけにはいかなかったことが、報道をより加速させた。さらに考古学協会側は、学閥が激しく、ほかの派閥が発見した内容との検証を互いに実施してこなかったことが主な原因である。「このような誤報を防ぐためにも、複数名に確認をとるクロスチェックを絶対に怠らないこと。また自分が少しでも怪しいと思ったら納得できるような確認をとることが必要です」と豊田氏。

もうひとつは言葉の問題である。ユニバーサルデザインの記事を書いた際に「障害を持つ子ども」という記述に対して、取材先に「子どもたちは持ちたくて障害を持っているわけではない。『障害のある子ども』と記述してほしい」との指摘があった。「ちょっとした言葉の違いでも、相手を傷つける場合がある。言葉を選ぶ際には慎重にならなければいけないのと同時に、相手の立場になって考えることの難しさを痛感した」。

似た意味を持つ日本語を使っても、それぞれでニュアンスは微妙に異なる。現場で話を聞く以上に、記事を書くときにも相当な神経を使うのである。



自分なりの考えも提供する―


豊田氏は「取材をする際、取材先は多くの場合何も語ってくれない。また、真実を知られたくない、メディアを利用したいという理由から、偽りの情報を与えてくる者もいる」という。うそを見破るためには、自分でその分野を勉強し、知識を持って取材に挑まないといけない。また、うそをつかれないためには、取材する相手と長く付き合うこと、相手に信頼されることが重要である。そのため一番大切にしなければいけないのは、相手の立場を十分に理解するということである。

「業界の知識をしっかりと持たなければ重要な情報を得ることはできない。また、相手の考えを単に受け入れるだけではなく、自分なりの考えを提供することも必要」と語る。「真摯な批判を加えることで、相手にとっても有益な存在となり、確実な情報を流してもらうことができる」のである。

“相手に合わせる”ことは決して良いことではない。相手のことを真に思い、正面から向き合う。記者にとって大切な心構えは、すべての人にとって大切な考え方、そのものなのかもしれない。

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